2024年09月03日
岸田圭弘 海外留学体験記 Skåne University Hospital, Lund University, Malmö, Sweden (スウェーデン マルメ市 ルンド大学スコーネ大学病院)
このたび、スウェーデン南部のマルメ市にあるルンド大学スコーネ大学病院マルメ院消化器科へ、半年間の臨床留学をしてまいりました。現地の一時医師免許を取得し、内視鏡診療部での検査・治療を行いながら、若手医師の指導にも携わりました。海外の臨床現場での勤務というとても貴重な機会をいただいたこと、心より感謝申し上げます。
留学の経緯
私は2008年に広島大学医学部を卒業後、東京での初期・後期研修を経て、静岡がんセンター内視鏡科に長く勤務したのち、本年度より広島大学消化器内科へ入局しました。そのような中、上堂文也先生(大阪国際がんセンター)よりスウェーデン留学のお話をいただきました。上堂先生が長年親交をお持ちの病院で、大腸内視鏡を中心とした臨床業務と指導に従事するという内容でした。海外の臨床現場に触れる機会は滅多にないですし、日本との医療の違いを実際に目の当たりにしたいと思っていましたので、静岡から広島への異動のタイミングに合わせ、2024年1月から6月までの半年間留学することとなりました。
留学先について
マルメはスウェーデン南部に位置し、人口約30万人のスウェーデン第3の都市です。海に面した美しい港町で、晴れた日には対岸にデンマークのコペンハーゲンが望めます。歴史的建造物が点在する旧市街は、のどかで魅力的な街並みが広がっています。
私が勤務した内視鏡診療部は、Gabriele Wurm Johansson准教授などの消化器内科医、Henrik Thorlacius教授などの外科医、また週1-2枠で内視鏡業務にあたる若手消化器内科医・外科医・小児科医で構成される混成チームです。勤務時間は朝7:30から夕方16:00までで、上部・下部・胆膵合わせて1日あたり約30件の内視鏡検査や治療が行われます。その他、カプセル内視鏡の件数も多く、現場を引退されたErvin Toth准教授が自宅で遠隔読影を担当されています。私は大腸内視鏡を中心に携わり、検査・治療や指導を行いました。
スウェーデンの医療事情
スウェーデンの医療システムは、欧米で一般的な総合診療医(General Physician: GP)システムです。患者はまず所轄のGPで診療を受け、専門的な診療が必要と判断されると大学病院に紹介されます。日本と異なり、大学病院以外の総合病院がないため、スコーネ大学病院には地域からの紹介が集中します。
内視鏡診療では、GPや他都市の中核病院からの依頼に基づき、大学での検査か近隣の内視鏡クリニックでの検査かが振り分けられ、患者さんに検査案内が郵送されます。クリニックに振り分けられる症例も多いものの、大学病院での検査・治療は半年待ちになることも珍しくありません。これは限られた専門医療のリソースの中で、行政がそのボトルネックを管理して成り立っているシステムと言えます。
また、大学病院でも内視鏡診療のレベルには地域差があり、高難易度の治療を行える施設は限られています。ESDも同様で、施行できる施設は全国でも限られており、スコーネ大学病院マルメ院では外科のHenrik Thorlacius教授らがESDを行っているため、広域から多くの症例が集まっていました。
日本との違いとコミュニケーション
欧米では病理診断の基準が日本と異なるため、切除方法の選択についての考え方が日本とは異なっています。特に結腸では、外科手術のリスクが低いことから、分割EMRが積極的に行われており、日本の一括切除の方針との違いについてはよく議論しました。現地の医療に触れることで、日本との違いを体感し、議論を通じて相手の状況や理論を理解し、柔軟に診療を行うことはとても貴重な体験でした。この経験は、今後の研究にも繋がるように感じました。
内視鏡の分野では、使用する機器など日本との共通点が多いですが、国や環境が異なることで慣れない状況に直面することも多々あります。そういった違いを、スタッフ達とコミュニケーションを取りながら調整していくことも、楽しい挑戦でした。同僚たちはみな親切で、常にオープンに相談に応じてくれましたし、また日本でのやり方にも興味津々で、よく意見を求められました。意見交換や話し合いをしながら検査や治療を行う中で、互いに学び合う機会が多くありました。文化や医療の違いを踏まえたコミュニケーションを通じて、異なる視点から新たな発見を得ることができ、交流することの大切さを改めて感じました。
スウェーデンのライフスタイル
スウェーデンはワークライフバランスが進んでいる国としても知られています。勤務時間は8時間半と日本と同様ですが、残業がないため、家庭と仕事との両立がしやすい環境が整っています。実際、スウェーデンでは子育て世代の女性の大半が働いており、専業主婦の割合はわずか2%、医師の女性割合も約半分を占めています。社会インフラの整備のほか、産休・育休などの福祉制度も法律で整えられており、家庭と仕事のバランスを保ちながら働くことができる環境作りが国レベルで進んでいることを実感しました。
一方で、患者の待機時間が長くなる点や、治療時間の制限など、医療の質が損なわれているように感じることもありました。しかし、これはスウェーデンの国民性や医療者の労働環境に対する考え方の違いから来るものであり、それを肌で感じることができたのも非常に興味深い経験でした。
最後に
半年間という限られた期間ではありましたが、多くの発見と学びを得ることができました。この貴重な留学は、多くの先生方のご支援によって実現しました。岡志郎教授(広島大学消化器内科学教室)、上堂文也先生(大阪国際がんセンター消化管内科副部長)、小野裕之先生(静岡がんセンター院長・内視鏡科部長)をはじめとし、お力添えをいただいた皆様に心より感謝申し上げます。今後、この経験と繋がりを生かし、広島や日本の医療に還元していきたいと思っています。