消化管の研究

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新しい内視鏡機器、診断学

新しい内視鏡を用いて、新たな診断学・治療を開発しています。また、消化管腫瘍の粘膜切除に関して、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)を積極的に行い、臨床成績を構築中です。手技に関する新たな工夫や、新たな機器を用いた診断・切除成績および有用性を報告しています。近年では人工知能(Artificial Intelligence: AI)を用いた内視鏡診断の開発にも力を入れています。

新しい小腸内視鏡

2021年2月に新型シングルバルーン小腸内視鏡が本邦で発売されました。内視鏡に装着したスライディングチューブの先端にあるバルーンと内視鏡のアングル操作により、腸管を短縮しながら小腸の深部へと挿入していきます。従来のシングルバルーン内視鏡と比較し鉗子孔径 3.2mmに拡大し、内視鏡の画質もより高画質となっていることが特徴です。また、最新の画像強調内視鏡技術を有し、小腸病変の視認性向上が期待されます。

新型小腸内視鏡

システム

内視鏡本体

新型小腸内視鏡を用いた内視鏡的止血術 (Dieulafoy’s lesion Type 2aからの出血例)

白色光観察

構造強調画像

特殊光観察により血液が黄色に描出されています

クリップとポリドカノールを用いた止血術を行いました。

新しい小腸カプセル内視鏡検査

2021年1月より本邦で使用可能となった新型のカプセル内視鏡は4台のカメラが内蔵されることで、視野角が360度に近いパノラマ撮影が可能となっています。また、カプセル内部にフラッシュメモリを有することで、従来のカプセル内視鏡に必要であった体外受信機が不要となっており、検査中も従来通りの日常生活を送ることが可能となっています。また、体外受信機が不要であることから、以前には検査が不可能であった体内にペースメーカーを留置している症例にも使用可能です。ただし、排泄されたカプセルを必ず回収しないと検査画像が読影できない点には注意が必要です。

新型小腸カプセルの回収、読影に必要な機材一覧

新型小腸で撮影された内視鏡画像。
a) GIST、 b) 家族性大腸腺腫症、c) Peutz-Jeghers症候群によるポリープ、d) 小腸出血

特殊光観察を用いた大腸ESD

Red/Amber/Greenの特性の異なる3種類の光を用いて、血管・血液のコントラストを形成することにより、深部血管の視認性の向上、出血点の視認性の向上につながります。

特殊光観察では、血中酸素化ヘモグロビン濃度の差により、動脈はオレンジ(→)、静脈は赤(▶︎)に視覚化されます。

通常光観察では出血は一様に赤く見え、出血点の同定が困難なことが多いです。

特殊光では出血点である高濃度血液部分は濃いオレンジ色、周囲に貯留した低濃度血液は淡い黄色となり、出血点が同定しやすくなります。

シングルバルーンスライディングチューブ

内視鏡スコープに先端バルーンのついたチューブを装着し、バルーンで腸管を固定することで、腸管のたわみや伸展を 防ぎ、スコープの動きがスムーズとなり、処置時の操作性が改善します。

観察時、病変を画面の9時方向にみとめる。腸管がたわみ、内視鏡スコープを適切な位置に保持するのことが難し症例です。

治療時、オーバーチューブを用いることで、スコープが安定し、内視鏡の反転操作も可能とな理ました。

安全に病変を一括切除可能でした。

トラクションデバイス

病変をトラクションデバイスで持続的に牽引することで、剥離面の視野確保が容易になり、安全な内視鏡治療を行うことができるようになります。

病変の辺縁にバネのついた牽引クリップをかけます。

バネの対側に通常のクリップをかけ、牽引して病変対側やや肛門側の粘膜壁に装着します。

病変が牽引されて持ち上がり、剥離面の視野は良好となりました。

人工知能(Artificial Intelligence: AI)を用いた内視鏡診断

小腸カプセル内視鏡画像を用いたAI研究

小腸カプセル内視鏡の全撮影枚数は6万枚にも及ぶとされ、その読影には30分程度を要するため、読影医にとっては負担の大きい検査とされています。また、通常の内視鏡と比べ、無送気の状態かつ任意のタイミングで撮影されないため、病変が小さいと一部しか撮影されない場合もあり、見逃しに注意が必要です。我々は病変の見逃しリスクの低減、読影医の負担軽減を目的にカプセル内視鏡の画像を用いてディープラーニングで教育を行なったAIモデルを仙台厚生病院、東京大学、AIメディカルサービスと共同開発を行い、その有用性について報告してきました。今後臨床応用に向けてさらに研究をかさねていく予定です。

小腸カプセル内視鏡を用いたAIによる病変発見の実際

カプセル内視鏡画像を用いて教育したAIシステムを用いた内視鏡診断の実際。青色の矩形はAIが病変と認識した領域。

びらん

angioectasia

血管腫

濾胞性リンパ腫

ポリープ

粘膜下腫瘍

大腸内視鏡画像を用いたAI研究

大腸腫瘍に対する狭帯域光拡大診断のためのJNET (The Japan NBI Expert Team) 分類は癌の診断や治療方針の決定に有用です。大腸内視鏡分野ではすでにAIを用いた内視鏡システムが臨床応用されていますが、JNET分類を用いたAIシステムは開発されていません。我々はAI診断支援を用いた大腸腫瘍の検出、JNET分類自動診断モデルを作成し、専門医の診断に近づけるよう研究しています。

大腸内視鏡を用いたAIによるJNET分類診断の実際

大腸腫瘍の内視鏡画像
専門医の診断 JNET Type 2A

AIが腫瘍を検出
病変範囲を決定

JNET分類を自動で診断
(専門医と一致)

腫瘍・癌

癌組織は癌細胞だけではなく、血管、平滑筋細胞、筋線維芽細胞、免疫担当細胞など様々な間質細胞や、それらを取り巻く豊富な細胞外基質で構成されています。我々は筋線維芽細胞やマクロファージなどの間質を構成する細胞の腫瘍の発育進展・転移における役割に注目しています。生体における癌免疫微小環境を再現した同所移植マウスモデルを作成し、細胞生物学的アプローチから癌と間質の相互作用の解明、新規治療法の開発などを進めています。

1. 癌と間質(CAF)の相互作用に着目した癌微小環境研究

腫瘍組織は癌細胞のみならず、各種免疫細胞を含む多様な間質細胞とともに形成されており、癌の発育と進展には、癌細胞と間質の相互作用が重要であることが明らかとなっています。我々はDesmoplastic reaction、間質反応の主役である癌関連線維芽細胞(carcinoma-associated fibroblast : CAF)の役割に着目し、CAFが腫瘍発育や治療に与える影響について研究しています。

実際に癌細胞を皮下移植したマウスからCAFを単離し、癌細胞と共培養、共移植などを行うことで実際の腫瘍微小環境をin vitro、 in vivoで再現し、癌と間質の相互作用の解析やマウスモデルによる治療実験を行っています。

引用文献

  • Kitadai Y, et al., Expression of activated platelet-derived growth factor receptor in stromal cells of human colon carcinomas is associated with metastatic potential. Int J Cancer, 2006. 119(11): p. 2567-74.
  • Shinagawa K, et al., Mesenchymal stem cells enhance growth and metastasis of colon cancer. Int J Cancer, 2010. 127(10): p. 2323-33.

2. 間質を標的とした消化管癌治療戦略

これまで消化管癌の腫瘍微小環境を再現した同所移植マウスモデルを使用し、間質を標的とした薬剤の抗腫瘍効果を検証してきました。

間質、特にCAFを標的とした薬剤と癌細胞を標的とした薬剤を併用することで、効果的に抗腫瘍効果が得られることを様々な薬剤で検証し、報告してきました。

引用文献

  • Kitadai Y, et al., Targeting the expression of platelet-derived growth factor receptor by reactive stroma inhibits growth and metastasis of human colon carcinoma. Am J Pathol, 2006. 169(6): p. 2054-65.
  • Sumida T, et al., Anti-stromal therapy with imatinib inhibits growth and metastasis of gastric carcinoma in an orthotopic nude mouse model. Int J Cancer, 2011. 128(9): p. 2050-62.
  • Onoyama M, et al., Combining molecular targeted drugs to inhibit both cancer cells and activated stromal cells in gastric cancer. Neoplasia, 2013. 15(12): p. 1391-9.
  • Yuge R, et al., mTOR and PDGF pathway blockade inhibits liver metastasis of colorectal cancer by modulating the tumor microenvironment. Am J Pathol, 2015. 185(2): p. 399-408.
  • Takigawa H, et al., Multikinase inhibitor regorafenib inhibits the growth and metastasis of colon cancer with abundant stroma. Cancer Sci, 2016. 107(5): p. 601-8.

3. 癌免疫療法の有効性からみる免疫細胞浸潤機構の解明

近年、免疫チェックポイント阻害剤は、臨床試験において優れた成績が示され、次々と適応が拡大されていますが、大腸癌においてその効果は限定的であることが知られています。また免疫応答性に影響を与えるメカニズムの解明が求められており、腫瘍免疫を強化する治療法の組み合わせは、がん業界全体にとって大きな関心事となっています。我々は、腫瘍免疫においてCAFが免疫細胞浸潤の障壁になっているのではないか?という仮説のもと、癌免疫療法に間質を標的とした治療を併用することで相乗効果が得られないかをマウスモデルを用いて検証しています。

治療実験で変化する腫瘍免疫微小環境を解析する際には、組織学的な解析に加え、RNAシークエンス解析、フローサイトメトリー解析を用いて、投与薬剤の治療効果を検証することにとどまらず、腫瘍微小環境における免疫細胞浸潤機構を解明することを目指しています。

引用文献

  • Yorita N, et al., Stromal reaction inhibitor and immune-checkpoint inhibitor combination therapy attenuates excluded-type colorectal cancer in a mouse model. Cancer Lett, 2021. 498: p. 111-120.

リンパ増殖性疾患

悪性リンパ腫とは血液がん(造血器腫瘍)の1つで、白血球の中のリンパ球ががん化したものです。消化管での発生頻度が高く、除菌治療などの低侵襲治療が奏功することが知られている胃MALTリンパ腫に関して、我々が行っている研究内容を一部ご紹介します。

胃MALTリンパ腫の病因

–Helicobacter pylori感染症、API2-MALT1融合遺伝子、Non-Helicobacter Pylori Helicobacter感染症–

胃MALTリンパ腫の病因として、Helicobacter pylori (Hp)感染症、API2-MALT1融合遺伝子が知られていますが、近年、 Non-Helicobacter Pylori Helicobacter(NHPH)というHpの類縁菌種の感染によって胃MALTリンパ腫が生じることが分かってきています。
Hp陽性症例では除菌治療により胃MALTリンパ腫の寛解がえられやすいことが知られていますが、近年増加傾向にあるHp陰性の胃MALTリンパ腫(図1)においても除菌療法が奏功する症例が一定数存在しており(図2)、NHPH感染症の関与の可能性も考え、我々は研究を行っています。

図1 胃MALTリンパ腫症例におけるHP感染率の年次推移

図2 API2-MALT1遺伝子、H. pylori感染状況別の除菌療法効果

感染症の診断

Non-Helicobacter Pylori Helicobacter(NHPH)

臨床的には診断手法は確立しておらず、以前は、組織学的診断がゴールドスタンダードでしたが、近年PCRによる診断が可能となっており、臨床研究が盛んとなってきています。我々は、パラフィン固定された切片からDNAを抽出し、PCR法により、NHPHの感染診断を行い、NHPH関連の胃MALTリンパ腫の特徴を報告してきました。

NHPH陽性胃MALTリンパ腫の内視鏡的特徴

NHPH感染によって惹起される胃MALTリンパ腫において、鳥肌胃炎様(図3)【1】や、multiple lymphomatous polyposis (MLP) 様(図4)【2】の特徴的な内視鏡像を呈することを報告してきました。また、NHPH感染症によって惹起される胃背景粘膜の特徴を明らかにし、これらの内視鏡像が観察される症例においては、Hpに対する除菌療法によって、NHPH感染が消退し、胃MALTリンパ腫の寛解が得られることが分かりました【3】。

図3 鳥肌胃炎様の形態を呈するNHPH感染性胃MALTリンパ腫

図4 MLP様の形態を呈するNHPH感染性胃MALTリンパ腫

引用文献

  • 【1】Kadota H, Yuge R, Miyamoto R, Otani R, Takigawa H, Hayashi R, Urabe Y, Oka S, Sentani K, Oue N, Kitadai Y and Tanaka S (2022). “Investigation of endoscopic findings in nine cases of Helicobacter suis-infected gastritis complicated by gastric mucosa-associated lymphoid tissue lymphoma.” Helicobacter: e12887.
  • 【2】Naito T, Yuge R, Tanaka S, Otani R, Kadota H, Takigawa H,Tamura T, Sentani K, Yasui W, Kitadai Y and Chayama K (2021). "Gastric mucosa-associated lymphoid tissue lymphoma in conjunction with multiple lymphomatous polyposis in the context of Helicobacter pylori and Helicobacter suis superinfection." Clin J Gastroenterol 14(2): 478-483.
  • 【3】Takigawa H, Masaki S, Naito T, Yuge R, Urabe Y, Tanaka S, Sentani K, Matsuo T, Matsuo K, Chayama K and Kitadai Y (2019). "Helicobacter suis infection is associated with nodular gastritis-like appearance of gastric mucosa-associated lymphoid tissue lymphoma." Cancer Med 8(9): 4370-4379.

Hp陰性胃MALTリンパ腫でのNHPH感染状況と除菌治療奏功性との関わり

29例のHp陰性胃MALTリンパ腫において、PCR法によるNHPH感染診断を行いました (図5)。その結果、Hp陰性例の半数程度(55%)と、高率にNHPH感染がみられ、それらのNHPH陽性例では除菌治療がよく効くことを見出しています (図6)。

図5 PCR法によるNHPHs感染診断

図6 H. pylori陰性例でのNHPH感染率と除菌治療による寛解率

引用文献

  • Takigawa H, Yuge R, Masaki S, Otani R, Kadota H, Naito T, Hayashi R, Urabe Y, Oka S, Tanaka S, Chayama K and Kitadai Y (2021). "Involvement of non-Helicobacter pylori helicobacter infections in Helicobacter pylori-negative gastric MALT lymphoma pathogenesis and efficacy of eradication therapy." Gastric Cancer 24(4): 937-945.

胃MALTリンパ腫の除菌治療奏功性に関わる遺伝子プロファイルの研究

さらに、我々は除菌治療によって胃MALTリンパ腫の寛解が得られるかどうか予測するためのpredictive markerとなる遺伝子の検索を網羅的な遺伝子プロファイル解析によって行っています。
除菌治療奏功例では、感染関連pathway上の遺伝子群が大きく上昇している一方で、除菌治療が無効な症例では癌関連のpathway上の遺伝子群の発現が大きく上昇していることを見出しており、予測因子となりうる遺伝子の同定を行う等の取り組みを行っています(図7)。

図7 Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes (KEGG) pathway解析

炎症性腸疾患

我々は炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease; IBD)に対する研究を臨床、基礎の両面から行っています。

IBD診療でのバイオマーカーの活用

IBD診療では、症状が消失した臨床的寛解と内視鏡的に炎症が認められない内視鏡的寛解が治療目標として挙げられます。しかし、この2つの寛解は同時に得られるとは限らず、臨床的寛解になっても内視鏡的寛解には至っていないケースがしばしば経験されます。内視鏡的寛解は各種内視鏡検査で確認する必要がありますが、内視鏡検査はある程度の負担があるため頻回に行うことができません。その為、内視鏡検査の代替となるバイオマーカーが用いられます。
一般的に使用されるバイオマーカーとして、血清CRP、血清LRG、便中カルプロテクチン、便潜血定量が挙げられますが、我々はこれらに加え血清アミロイドA(SAA)に着目して診療、研究を行っています。

内視鏡的活動性あり

内視鏡的寛解

体外腸管上皮培養細胞(マウス)におけるToll様受容体刺激によるSAAの発現

引用文献

  • Wakai M, Hayashi R, Tanaka S, Naito T, Kumada J, Nomura M, Takigawa H, Oka S, Ueno Y, Ito M, Chayama K:Serum amyloid A is a better predictive biomarker of mucosal healing than C-reactive protein in ulcerative colitis in clinical remission. BMC Gastroenterol. 20. 2020
  • Wakai M, Hayashi R, Ueno Y, Onishi K, Takasago T, Uchida T, Takigawa H, Yuge R, Urabe Y, Oka S, Kitadai Y, Tanaka S:Promoting mechanism of serum amyloid a family expression in mouse intestinal epithelial cells. PLoS One. 17. 2021

IBDにおける腸管外合併症

IBDでは、主病変である腸管以外の臓器にも免疫機構異常が関与していると考えられる症状が出現することが知られています。有名なものとしては、皮膚病変、関節病変、眼病変が挙げられます。
我々は、これまであまり注目されていなかった腎病変について、IBDセンター運営でも連携している腎臓内科とともに実態調査を行っています。

IgA腎症の顕微鏡画像
(腎臓内科  正木崇生教授、佐々木健介先生よりご提供)

IgA腎症併存率
(疑診例を含む)

引用文献

  • Hayashi R, Ueno Y, Tanaka S, Onishi K, Takasago T, Wakai M, Naito T, Sasaki K, Doi S, Masaki T, Chayama K:Clinical characteristics of inflammatory bowel disease patients with immunoglobulin A nephropathy. Intest Res. 19. 2021

IBD領域での基礎研究

IBDの治療薬は次々に開発されており、使用できる薬剤が増えてきました。しかし、ほとんどの薬剤は免疫抑制作用によりIBDの炎症を改善させるものであり、その薬理作用が癌に与える影響が注目されています。我々は、大腸癌細胞株のマウス同所移植モデルを用いて、薬剤が癌細胞や癌微小環境に与える影響について研究しています。

がんゲノム解析

近年、シークエンスやアレイ技術の進歩により全ゲノム網羅的な解析が可能となり、様々な疾患で原因遺伝子が特定されている。がんのDriver mutationについてもこのような解析において、各種がんで同定されており、癌関連遺伝子をシークエンスすることで、適切な抗癌剤の使用や抗癌剤耐性の指標として利用するがんゲノム医療が保険適応となっています。我々は内視鏡で切除した検体を用いることによってがん発生の早期段階での遺伝子異常が組織型やがん浸潤に与える影響について調べています。またこのような研究を通じて、がんが「どのようにして浸潤するのか」や 「どのようにして転移するのか」について調べています。

ヘリコバクター・ピロリ除菌後に癌表層に発生する低異型度な上皮の由来を明らかにする研究

ヘリコバクター・ピロリ菌除菌後、胃癌の表層に正常粘膜上皮に近い低異型度の上皮 (epithelium with low grade atypia: ELA, a) 【1】 が知られていますが,この上皮がどのように発生するのか(癌の一部が変化したのか、正常粘膜が癌表層を被覆したのか)はわかっていませんでした。このため我々は、次世代シークエンサーを用いた癌遺伝子パネル検査を行うことによってELAが癌由来であることを証明しました。【2】

癌表層にあるELAを選択的にレーザーマイクロダイセクションにて抽出しました

正常粘膜、癌部、ELA部でのゲノム変異について解析し対比しています。

引用文献

  • 【1】Ito M, et al. Pharmacol Ther 2005, Kitamura Y, et al. Helicobacter. 2014
  • 【2】Masuda K, Urabe Y, Ito M, et al. J Gastroenterol. 2019; 54:907-915.

癌ゲノムシークエンスを用いた胃癌の発生原因を明らかにする研究

ヘリコバクター・ピロリ菌 (Hp) から発生する毒素CagAが胃癌の発生に関与することが知られていますが、この毒素はHpから発生される別の毒素VacAを用いたオートファジー機構を用いて短時間で分解されるとされています。このためCagAがどのように胃癌の発生に関与しているか明らかではありませんでした。我々は早期胃癌のがんゲノム解析を行うことによって、LRP1という遺伝子に変異が起こることによって、CagAのオートファジーが阻害され、CagAが長期間存在することによってがん化する可能性を報告しました。

HPから出る発癌性毒素CagAはBacAの取り込みによってLRP1受容体が活性化し、CagAのオートファジーを惹起する。

LRP1変異によるオートファジー機構が破綻し、細胞内にCagAが蓄積する。

引用文献

  • Nakamura K, Urabe Y, Kagemoto K, et al. Cancers (Basel). 2020; 12: 510.

潰瘍性大腸炎由来である大腸腫瘍のゲノム変異に基づく発生誘因の鑑別

潰瘍性大腸炎 (UC) 患者の大腸から発生する腫瘍は、UCの炎症が原因で発生する腫瘍と通常の大腸腫瘍と同じような経路で発生する腫瘍に大きく分けられますが、これらを鑑別するのは病理組織所見でも困難なことが多いです。我々はがんゲノム解析を用いて簡便に鑑別する方法を同定しました。

引用文献

  • Matsumoto K, Urabe Y, Oka S, et al. Inflamm Bowel Dis. 2021; 27: 686-696

Post-colonoscopy colorectal cancerのゲノム異常解析

大腸癌の患者のサーベイランスでは、大腸内視鏡で大腸腫瘍で異時性腫瘍を認めることが重要ですが、実際にはきちんとサーベイランスをしていても癌 (PCCRC) が発見されることがあります。ほとんどのPCCRCは大腸のひだ裏などにある見落とし癌ですが、中には急速に大きくなったとしか思えない癌 (急速進行癌) も認めます。我々はゲノム解析にて急速進行癌は、BRAFという遺伝子に変異のある、ミスマッチ修復遺伝子異常がある癌かPIK3CAという遺伝子に変異がある癌であることを同定しました。

引用文献

  • Tanaka H, Urabe Y, Oka S, et al. Clin Transl Gastroenterol. 2020; 11: e00246.

小腸がんのゲノム異常解析

希少がんとして知られる小腸がんのゲノム解析をして、予後に遺伝子変異量 (TMB) とSMAD4という遺伝子変異が関連あることを報告しています。

引用文献

  • Tsuboi A, Urabe Y, Oka S et al. PLoS One. 2021; 16: e0241454

食道癌内視鏡治療後の異時性多発にはアルコール代謝に関連するSNPと飲酒・喫煙歴などが関与する

食道癌の発生にはアセトアルデヒドと言われる発癌性物質が関与することが知られており、これはお酒の分解の過程で発生したり、タバコに含まれていたりします。このアルコール代謝の分解に関わる遺伝子の違いによって食道癌が発生しやすい人がいることが知られています。我々はこの遺伝子の違いが早期段階の食道癌の多発にも関連することを報告しました。

引用文献

  • Kagemoto K, Urabe Y, Miwata T, et al. Cancer Med. 2016; 5: 1397-404.
  • Urabe Y, Kagemoto K, Nakamura K, et al. Esophagus. 2019; 16: 141-146.

serrated polyposis syndrome(SPS)

SPSは、大腸内に鋸歯状病変が多発する大腸ポリポーシスで、大腸癌の合併頻度が高い症候群です。診断基準は1. 少なくとも直腸より近位に5mm以上の鋸歯状病変が5個以上、そのうち少なくとも2個以上が径10 mm以上の大きさを持つ腫瘍を有している。2. 大きさは問わないが、全大腸に鋸歯状病変を20個以上有し、5個以上が直腸より近位に存在する。このうち1つ以上の基準を満たせばSPSとして診断されます。

SPS 例 (37歳女性)

通常観察像。上行結腸に約10mm大の0-IIa病変を認めます。

通常観察像。肝弯曲部に約20mm大の0-IIa、その対側に約5mm大の0-IIaを認めます。

通常観察像。下行結腸に約20mm大の0-Ip型病変を認めます。

狭帯光域拡大観察像。頂部はJNET Type 2Aでした。

狭帯光域拡大観察像。茎部はJNET Type 1でした。

色素観察像(インジコカルミン散布)。

色素拡大観察像(クリスタルバイオレット染色)。頂部はIV型pit patternでした。

色素拡大観察像(クリスタルバイオレット染色)。茎部はII型pit patternでした。

切除標本のルーペ像。

病理組織強拡大像(HE染色)。頂部の上皮には大型、類円形の腺管からなる腫瘍細胞を認めました。

病理組織弱拡大像(HE染色)。茎部の細胞は鋸歯状に配列していました。

当院が主施設となってSPSの臨床病理学的特徴について多施設共同研究で明らかにしました (J Gastroenterol 2022)。
現在、田中信治教授が部会長となり遺伝性腫瘍学会でSPS部会が立ち上がっています。